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続 工場日記

その一 「痛み」

僧帽筋、脊柱起立筋、左三角筋、左手尺骨三角骨靭帯、胸鎖乳突筋…
これまでに労働をつうじて特に試練をしいられてきた主な部位たち。
なかでも胸鎖乳突筋の痛みには完全に参った。
ある夏の晩、寝ちがえる。首に経験したことのない激痛が走る。
数日前から頸部を中心に体の痛みをおぼえていたのであったが、
そこに、Liquorの過剰投与とその後のまずい体勢での寝入りが引き金となり、
トドメを刺されたかたちである。
首を回せない。寸分動かそうものなら、稲妻が走る。
そうなれば蚊の鳴くような声で泣くしかない。咀嚼もままならない。
患部を揉み揉み、なんとか読書ができるくらいまで回復したその日の晩、ふたたび激痛。
いよいよ万事休すと近くに整体院がないかを調べることに。
調べていくあいだに、寝違えのことがわかってくる。
どうも、寝違えというのは、
腋内側に走っている「腋窩(えきか)神経」が圧迫されて起こるようである。
寝違えて頸部に痛みを感じた多くの人は、首を揉んだり横に曲げて伸ばしたりするが、
これは一番行ってはいけないことなのだそうだ。
理由は、頸部の筋肉はいままさに炎症を起こし圧迫されている状態なのであって、
そこを揉めば圧迫に拍車をかけ、さらなる炎症を引き起こし痛みを悪化させるため、と。
やってはいけないことをやれば、治るものも治らない。
何かいい手はないものだろうかとおもいながらさらに調べていくと、対処法なるものを見つける。
腋窩神経を圧迫から解放してあげる有効な体操。

体操1
1. 背筋をのばし脱力。
2. 痛む側の腕を後方へ引き、少しずつ上げる。
(手首はだらりと垂らす)
2. 上がりきったところで、20秒キープ。腕をゆっくり戻す。(2セット)

体操2
1. 痛む側の手を腰に当てる。
2. 肘を後方へ引く。
3. 引ききったところで、20秒キープ。腕をゆっくり戻す。(2セット)

体操3
1. 痛む側の腕を手のひらを上にして肩の位置まで上げる。
2. 120度の角度で肘を曲げ、そのまま水平に後方へ引く。
(体はひねらず腕だけを後ろへ)
3. 引ききったところで、20秒ほどキープ。腕をゆっくり戻す。(2セット)

実際にやってみると、どうしようもなかった首の痛みが引いた。
ただ、いつあの痛みが再発するとも知れないので、しばらくは用心の日々を送ることに。
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SPICE IS THE PLACE!

このごろ、おれの精神の小屋は、スパイスやら薬味やらといったものでぷんぷんしている。
もともと漢方には関心があった。
や、関心というのではちょっと浅すぎる。もっと深いところでハートがくすぐられる何か。
医心方という江戸に書かれた漢方の本があるが、あれなんかめくってると、気分はサイコーだ。
古い百味箪笥がうちにある。漢方薬を入れる小引き出しが縦横にずらり並んでいるのだが、
昔はどの図書館にもかならず置いてあったカード目録の棚に感じが似ている。
引き出しの数は、横十一かける縦八で八十八杯。
ひとつひとつに薬味の名前がしるされたラベルが貼ってあって、それがなんともいい。
字面を見ているだけで、ワクワクする。
で、この引き出しを何に使っているかというと、いまのところは、
顆粒(かつおダシ、鶏がら)とか、かつお節とか、ダシ昆布とか、お茶とか、胡椒とかの在庫を
入れたりしている。なにせ八十八もあるので、ほとんど空。
いずれ、この百味箪笥がスパイスでいっぱいになるときがくるだろう。

スパイスにはさほど関心がなかった。カクテルに関心がないのと同じように。
おれが急にスパイスがかってきたのは、春の終わりから夏にかけてだ。
Sun Ra漬けの夏。SPACE IS THE PLACE SPACE IS THE PLACE、、。呪文のような。
昼の休みに読んでいたのは、ミシェルレリスのアフリカ日記。気分はアフリカ的魔術使い。
色がほしくて、身につけたくて、リネンの古着シャツを買いまくって、
いろんな色の石を買いあさって、
赤いものにハートが揺さぶられてしようがなくなって、トウガラシが無性に恋しくなって、
カレールーでカレーをつくりながら
そういえばこのカレー粉っていうのは何でできてるんだろうかとか気になりはじめて、
シナモン、レモングラス、コリアンダー、クローブという単語を見聞きしてると、
どうにもそわそわしてきて、もっと辛さを!なんて心のなかで叫びはじめて、
チリソースとかハバネロソースとかが台所に並ぶようになる。
じつは、スパイスがかるちょっとまえに、
ユングが来ていた。サイコロジーよりも、オカルティズム。赤の書のほう。
ふたまわりくらいして、ようやくおれもここへ帰って来れたとおもったものだ。
そんなフィーバーでもって蜆TuRe八號の必殺ワタナベ!なんかを書いたりするうちに、
ほんか…

みな、地球。

年始に買った築地書館の『土と内臓』(ほんとうにほんとうに面白い本)のおかげで、
幸運なことに、私のなかに微生物への愛が芽生えた。
もともと微生物に愛着はあったけれど、いよいよ全身全霊で愛していこうとおもう次第。

今回の蜆TuRe(第七號)は、海と転生というテーマでひとつ書いてみた。
ちなみに今回はタイトルが長い。
『急げブランキゆるやかに この途方もない軽さのうえへおもいをはせよ』
なんとなく、ヘンリミラーの『ビッグ・サーとヒエロニムス・ボッシュのオレンジ』みたいなアップテンポの語感がほしかった。
それはさておき、これを書いている最中、プランクトンに友情を抱き、
その友情に乗り入れるかたちで、深い微生物愛が芽生えたのだ。

なによりもまっさきに地球のことを考えたい。どうもこのごろは、そういう心情から離れられなくなりつつある。
都民ファースト都民ファーストと東の方からは聞こえてくるが、いやいや地球ファーストだろう。
この地球上のどこを切っても微生物が躍動している。土の中、海の中、空の中、さらには動物の体内までも。
微生物はいわば地球の原住民である。
はるか昔、地球の中核で煮えたぎるマグマにもっとも近い海底の墳気孔で古細菌が生まれた。
想像を絶する高温の湯に浸かりながら、酸素をいやがる嫌気性の古細菌は、
酸素をこのむ好気性の細菌との結婚のときをじっと待ち、来たるべき原生動物の誕生にそなえていた。
それから何十億年もたって、真核細胞は植物を生み、動物を生み、生命の一部は海から陸へと上がっていった。
地上では、堅い岩が気の遠くなる時間をかけて砕け、そこに動物微生物の死骸が積もり、やがて豊かな土になった。
そうやって積み重ねられた長い長い建設作業の末に、生命の原初的な土台が築かれたのである。
その歴史的事情をわきまえずに、のうのうと地球で暮らしていくのは、私はいやなのだ。
それは、なんておこがましい、なんてまずしいことか!
「私はおなかが空いた!私は飯を食いたい!」
そういって食欲を振りかざすこの私という存在は、まちがいなくこの地球で暮らしている。
そしてこの私の体のなかでは、生命の大先輩である微生物たちが暮らしているのである。
たとえば牛の体のなかはどうだろう。
牛は草を食べ、それを胃と口のあいだで何度も反芻する。
この反芻に、牛が生き延びていく上でとても重要な秘密が隠さ…

かなしき列島

寒波来ぬ 走る伯備線 厳冬異国の如し


先週末、山陽山陰に入り、人間に会うという仕事をなして帰ってきた。
倉敷の蟲文庫、松江の冬營舎。挨拶を。
松江は大雪吹雪で、宍道湖の桟橋をわたるときには向かい風に正面から煽られ、
針刺すような小米雪の猛打を浴びた。
それにしても、はたして挨拶に足るものであったかどうかは、はなはだ怪しい。
いずれにせよ、おれはじぶんの仕事にけりをつける必要があったわけであり、
つまりその仕事というのは、お店に対する敬意と感謝、
それに長らく挨拶を怠ってきた不義理の反省とをあわせて勘定し、
その相当分の古書を買い上げることであった。簡単にいうと。
おれは棚に手を差し伸べ、しずしずと抜き差し抜き差しくりかえしたのち、
心に決めた拾冊ばかりの古書を帳場まで運びうやうやしく店主のもとに差し出すのだ。
その仕事を倉敷と松江でなし終えたおれの右肩は、道中、不義理の重みでみしみし音を立てていた。

伯備線の上で、裏日本の冬はこんなに過酷なものなのかとしみじみ感じ入っていた。
この道中、はじめにすでに切なさがあった。
松江をあとにしたころには、何かよくわからぬかなしみまで引き連れていた。

帰宅後、黙々と戦利品の荷解きをし、文机の前に座り思うた。
もう当分は、どこへも行かずに、じっと待機のときを持つべしと。






工場日記4 鋏は偉い

鋏は偉い。
この仕事をはじめてから数日経ったころ、鋏の原理というものに気づかされた。
鋏というのは実によく出来ていて、「直線を切る」という仕事をこなすための立派な構造を持っている。
そして、事実、その仕事を立派にこなす。だから、鋏は偉い。
さて、では、この鋏という道具を用いる人間が守るべきことは何か?
答えはひとつ。鋏の仕事の邪魔をしないことである。つまり、人間は、鋏のする通りにすればいい。

鋏の物理は、次の三つから成る。
二つの刃が交叉する部分(支点)、グリップ部分(力点)、支点から刃先までの部分(作用点)。
つまり、鋏はテコの原理から成っている。
刃の長さが20cmある鋏を用いて20cmの切り込みを入れるとき、もっとも小さい力で切るためにはどうするか。
手続きとしてわざわざ言語化してみるとこうなる。
まず、グリップを握り、切り込みたい始点に鋏の支点を当てがうと同時に20cm先の終点を目測する。
始点と終点が定まったら、グリップの力点に力をかけ、二点を結ぶ20cmの直線にそって鋏の刃を入れる。
このとき、力点にかかった力は、テコの原理によって作用点に移り、
この力の移動に合わせて、刃は始点から終点までの距離(刃と同じ長さ)を滑り、20cmの切り込みが入る。
いま、切り込みを入れたい長さと刃の長さが同じなので、力の大きさは1で済む。
切り込みたい長さが40cmの場合は、刃の長さが20cmだから、
刃の長さ(20cm)×力の大きさ(2)=切り込みたい長さ(40cm)で、力の大きさは2必要となる。

つまり、切る長さが20cmのときは、「1つのアクション」かつ「もっとも小さい力」で仕事ができるということだ。
何をいまさらという話ではあるが、この原理を知っているのと知らないのとでは、仕事の質と量がまったく変わってくる。
ぼくが工場の現場で使っているのは、いわゆる裁ち鋏で、刃の長さは25cmくらい。
切るモノ(本のカバーの端)の長さは、モノによってまちまちだが、
たとえば、
文庫本や新書、単行本などは25cm以下なので、原理的には1つ(1回)のアクションで切り落とすことができる。
ただ、鋏の刃というのは、力のかけ方と(始点への)刃の入れ方をまちがうと、アサッテの方向へいくことが多々ある。
特にスピードをつけているときは誤差が生じやすい。紙の硬度や紙質にも左右される。
そう…

工場日記3

工場における労働が、ぼくという一人の人間に及ぼす影響は想定外に大きなものだった。
生活精神と呼べるものの色合いが、まるで夜が明けていく空のごとくに変わっていったのである。
労働を欲する側と労働を与える側との相関性、労働のなかみとそれに従事する人間の特性との相性、
少なくとも、これらのバランスのよさが潜在的に好循環を生む担保になっていたことはたしかだ。
社会的な接触や相互干渉が生まれたことも、背景としてはもちろんある。
だが、今回の変化は、そのことにとどまらない。
ある労働(または、ある労働現場)が一人間の生活精神を変えるまでの効能をもたらすとき、
そこには必ず何かもっと自発的な意志が起きているはずなのである。
この自発的な何かとはいったい何なのかと考えてみると、ひとつのことに行き当たる。
それは、みずから環境をつくり出すということ。
与えられた条件と労働環境に基づいて、さらに一連の作業を通じて、
何か自分なりの環境をそこから導き出すことに成功したときはじめて、一人間のなかに変化が生じる。
そういうことなのではないだろうか。
たとえば、場にのまれそうになるときに、「あせるな。自分のペースを守れ」と自分に言い聞かせてやることが
できるかどうか。もし言い聞かせてその通りに動ければ、自分のリズムを獲得することができる。
あるいはもっと瑣末なことでいえば、どんな些細なことや、こんなことを聞くのは恥ずかしいというようなことでも、
周りの人に聞くことができるかどうか。年長者に対してだけでなく、自分と十歳以上離れた若者にも、
同じような態度で接することができるかどうか。「ありがとう」「すみません」という言葉が素直に出てくるかどうか。
自分という一人の人間が抱える矜持や性分や感情を、後回しにできるかどうか。あるいは折り合いをつけられるかどうか。
そうした現場への積極的なかかわりや他者とのやりとり、そのつどの受容と応対をくり返していくうちに、
与えられたものではない自主的な環境が空気の層のようにして自分のまわりにつくり出されていく。
もちろん、環境というのは生ものだから、うまくいかないこともある。
少しの迷いや、周囲の風向きの変化で、人間はバランスを失うもの。判断も鈍るし、循環もくずれてしまう。
そうなりきらずに、そうなりそうなところで何とか挽回して持ち直すのに役立つものが二つある…

工場日記2

3時15分から4時50分まで(おおよそ), 金属板で缶を作る. 油を塗り, 心棒に巻きつけ, 打つ. 工具が形を作る.
しかるべき側に溶接する. 終日そして昨日も立ち仕事で, へとへと. 動作はのろのろ. この缶は鋳物〈ボイラー〉班
の仲間で溶接して作った, と思うとうれしくてたまらない. この仕事のあいだ, ひとりの病気の女工を支援する募金.
1フランだす. だが, 班長はなにもいわない.時間賃[率]との差[額]は0.90フラン

10時から11時まで, 型版〈カルトン〉(その後もつづける). たやすい. やらかしそうな唯一の失態は, 詰めこみすぎ.
なのに, みごとにやらかした! レオンに罵倒される. 50サンチーム. 0.5%. 425個仕上げる. 稼ぎは2.12フラン.
記録は45分. 10時の支払は115フラン. 手当は36.75フラン. 時間賃率との差額合計は, 0.25フラン+1フラン+
0.95フラン+0.25フラン+0.90フランで, 合計2.50フランになる(この程度なら工場はつぶれまい……)

〔シモーヌ・ヴェイユ『工場日記』1935年1月2日から5日まで より〕


去年の夏、蜆TuReの印刷費とデザイン料を捻出するため、郵便局でゆうパックのバイトをした。
週5、午前6時から10時までの実働4時間。
ヴェイユ熱にほどよくおかされていたころで、つねにみすずの『ヴェイユの言葉』を手に持って出勤していた。
歩きながら本を読むという習慣を身につけたのは、前の前の年末に郵便局でバイトをしていたころ。
ひと月のあいだの行き帰りで、大江健三郎の『芽毟り仔撃ち』と遠藤周作の『沈黙』とリルケの『マルテの手記』を読了した。
それはさておき。
工場日記に打たれ、「ヴェイユも労働しているのだから」という理由だけを後ろ盾に、毎朝現場に向かっていた。
6時前になると蝉が鳴きはじめた。心地よい夏の朝の空気を吸いながら歩く道すがら。労働を水のように飲み干そうとしていた。
30kgの米、ゴルフバッグ、業務用の飲料水、ビール瓶1ダース、バカでかい電化製品、大量のうずら卵。
パレットの上で、虫籠に入ったスズムシが鳴いていた。
人間五人くらいは乗れる牢獄のような大きな金属のパレットに積まれた荷物を、地区ごとにパレットに区分けしていく。
ゆっくりやろうと思えばいくらでもできる。だが、アル…